会長ご挨拶

2022-2023年度
砺波ロータリークラブ会長 小竹 正記様

Enjoy Rotary!

Always dream!

Let’s smile anytime!

ロータリーを楽しもう!

いつでも夢を!

いつでも微笑みを!

鼓腹撃壌を目指そう!

 

 30年後の未来、6Gを優に超える移動通信システムが普及し、多くの場所でIOTが滑らかに使われている。無人化したバスやタクシーが渋滞とは無縁に都市部を移動し、ARやVRが装備された眼鏡をつけて自宅でダンススクールのレッスンを受けられ、同時通訳機能が装備されたイヤホンからは世界中の言語が飛び交い、ストレスフリーなグローバルコミュニケーションが実現している。医師は遠隔操作で一万キロ離れた患者の手術を成功させている。30年後には生活の利便性が劇的に向上している反面、どんな情報や技術をどのように選択し利用するべきなのかという主体的な判断が、今より複雑で難しくなっているかもしれません。しかしながら令和を迎えてから新型コロナウイルス感染の発生により世界の状況は一変してしまいました。緊急事態宣言が発令され移動の自粛が図られた結果、感染者数も減り、これで落ち着くかに見えましたが、宣言が解除されるとまたしても増加に転じてしまいました。新型コロナとの長い付き合いが始まりました。またロシアのウクライナへの侵攻も私達にとっては想定外のことでした。私たちがこのような時代に生きるのも一つの巡り合わせです。我々は社会もクラブ運営もコロナ以前には戻らないと認識すべきであります。Resilience(困難からの回復)していくために,beforeコロナを懐かしみ目指すことなく、我々が漠然と「5年後10年後にこうなると思う未来の社会」を今ここに実現させる努力が必要と考えます。今後ロータリーの揺るぎない中核的価値観(親睦・高潔性・DEI・奉仕:リーダーシップ)を据えながら「三密」のない未来のロータリーのあり方を模索していかなければなりません。自分でできることには限界があります。できることを行い、もう打つ手もなくなったと思った時、あとで出来ることといえば「微笑む」ことです。「こんな辛い思いをしている時に笑うことはできない」という人もいるでしょうが、辛い思いをしてる今こそ、とにかく口角を上げてみることです。難局であっても、笑顔があれば不思議と力が湧き、「顏晴れ」ます。また、自分が笑えば、つられて周囲も笑います。
笑顔があれば心が和み、心機一転、生きる意欲が湧いてきます。地域社会の元気を取り戻すために、微笑みながら少しずつ、行動を起こしましょ!!楽しい砺波ロータリーを作りましょう!一歩ずつ一歩ずつで良いのです。例会を楽しくしていきましょう。私は会員増の目標値は設定しません。
楽しい例会が続かないと、会員が増えるわけがありま
せん。一歩ずつ一歩ずつです。たとえば、例会で、あ
まり会話したことのない会員に笑顔で声をかけてみま
しょう。今まであまり話したことのなかった会員の人
となりに触れることにより、その会員に対し親しみが
増し、友人となり、いつか思わぬビジネスチャンスに
なるかもしれません。コロナ禍の中でも、私は例会を
どういう形態ででも開催し続けたいと思います。ハイ
ブリッドでも、またオンラインだけでも、開催してい
きます。例会こそが「ロータリーの命」だと思うから
です。楽しい例会を続けていけば、必ず「砺波ロータ
リークラブ」に入会したいと思う人が増え、自然に会
員数が増えていきます。ジェニファー E. ジョーンズ
RI会長が言うようにダイバシティーで公平なロータ
リーを目指しましょう。女性会員や若い会員がベテラ
ン会員やパスト会長に対して臆することなく、公平かつ平等な立場で意見を述べ、学びあえるロータリーにしていきましょう。若い会員や女性会員が「砺波ロータリークラブ」に入会したいと思ってくれるような笑顔溢れる楽しいロータリークラブにしていきましょう!急にはそうならないかもしれませんが、鼓腹撃壌こそがロータリーの目指す姿だと思います。 いつでも夢を抱いていきましょう!いつでも微笑みを忘れないように!主役は、そうです、あなたです!!砺波ロータリアン、ひとりひとりなのです。

 

 

※鼓腹撃壌とは

善い政治が行われ、人民が平和で不満のない生活を楽しむ様子。または、世の中が平和なことのたとえ。
「鼓腹」は食べるものが十分にあり、満腹になった腹を楽器のように打ち鳴らすこと。
「壌」は土や地面のこと。
「撃壌」は地面をたたいて拍子をとること。
古代中国の聖天使の尭帝は、世の中がうまく治まっているか気になり町の様子を見に行った。
そこで、一人の老人が満腹になった腹を打ち鳴らし、地面を踏んで拍子をとりながら、世の中は平和で天子はいてもいなくても変わらないという意味の歌を歌っていた。
人民が政治を行う者の力を意識せずに、満ち足りた生活が出来ていることが分かり、尭帝は安心したという故事から。